「『時速1,000キロの夢の交通機関』 世界中で激化するハイパーループの実証競争」「飛行機に代わる次世代交通 世界各地で実証実験へ向けた動き加速」

2016年8月11日の報道概要

 米実業家イーロン・マスク氏が構想を提唱した次世代高速輸送システム「ハイパーループ」の開発競争が世界各地で本格化している。減圧したチューブ内をカプセル型車両(ポッド)が走行することで、時速1,000キロメートルを超える高速移動を実現する構想で、各国の企業や研究機関が実証実験や技術開発を進めている。

 ハイパーループは、航空機並みの速度を持ちながら、都市中心部同士を直接結ぶことができる新たな交通インフラとして期待されている。従来の鉄道や航空機に代わる次世代の移動手段として、建設コストや環境負荷の低減も掲げられており、多くの投資家や技術者の注目を集めている。

 一方で、高速走行時の安全性や減圧チューブの建設コスト、法整備など課題も多い。各国では実験用コースの整備や公開テストに向けた準備が進められており、壮大な構想が実用化へ向けて大きく前進するか、その動向に関心が集まっている。

2016年8月当時の背景

2016年当時、世界では次世代の高速交通システムをめぐる開発競争が急速に活発化していました。きっかけとなったのは、2013年にイーロン・マスク氏が公表した「ハイパーループ」構想です。減圧したチューブ内をカプセル型車両が時速約1,200キロメートルで走行し、ロサンゼルス―サンフランシスコ間を約35分で結ぶという壮大な構想は、鉄道と航空機の常識を覆す未来の交通手段として世界中の注目を集めました。

2016年5月には米Hyperloop One(現・Virgin Hyperloop)がネバダ州で推進システムの公開試験に成功し、実証実験は構想から現実へと一歩踏み出しました。また、SpaceXは世界中の学生や研究機関を対象とした「Hyperloop Pod Competition」を開催し、700を超えるチームが応募するなど、企業だけでなく大学も巻き込んだ国際的な技術開発競争が始まっていました。高速移動による時間短縮だけでなく、環境負荷の低減や都市間交通の革新への期待も高まり、「未来の新幹線」とも呼ばれる夢のプロジェクトとして、大きな期待が寄せられていました。

2026年現在の状況

当時開発競争をリードしていた米Virgin Hyperloop(旧Hyperloop One)は、2020年に有人走行試験へ成功したものの、その後は旅客輸送から貨物輸送へ方針を転換し、2023年末に事業を終了しました。時速1,000キロ級の商業運行は、現在も実現していません。

しかし、技術開発そのものが止まったわけではありません。欧州では、オランダのEuropean Hyperloop Centerで実証試験用のテストコースが完成し、減圧チューブや分岐装置などの基盤技術の検証が続けられています。また、インドでは旅客輸送ではなく貨物輸送への活用を目指す研究が進められるなど、用途を限定した実用化を模索する動きも見られます。

2016年当時に描かれた「飛行機に代わる夢の交通機関」は、10年を経ても現実には至っていません。しかし、その過程で蓄積された減圧環境での走行制御や高速輸送技術などの研究成果は、次世代交通や物流システムへの応用が期待されています。

飛び越える技術

2016年当時、ハイパーループは「夢の交通機関」として世界中で大きな注目を集めました。しかし、その熱量には国によって温度差がありました。とりわけ米国では、高速鉄道網が十分に整備されておらず、都市間移動は自動車や航空機が中心でした。そのため、「飛行機に代わる次世代交通」というハイパーループ構想は、交通インフラそのものを一変させる可能性を秘めたものとして受け止められたのです。

一方、日本では全国の鉄道網に加え、新幹線がすでに社会インフラとして定着し、さらにリニア中央新幹線の建設も進められていました。そのため、「リニアよりさらに速くすること」に対する期待は、米国ほど大きくはありませんでした。

通信網で例えるなら、日本が4Gから5Gへ移行し、そしてさらに6Gへ発展させるような段階にあったとすれば、米国のハイパーループ構想は、4Gさえ十分に整備されていない環境から一気に7Gを目指すような発想だったとも言えます。

10年後の未来

ハイパーループは、10年が経った今も実用化には至っていません。しかし、この構想が示した「既存のインフラを飛び越える」という発想は、決して特別なものではないどころか、過去にいくつもの例があります。

例えば、日本では固定電話網が全国へ整備されたあとに携帯電話が普及しましたが、固定電話網が十分に整備されていなかった国の中には、それを飛び越えて携帯電話網が急速に広がった国もあります。同じように、郵便やFAXが情報通信の中心だった日本に対し、インターネットが一気に普及した地域もありました。決済でも、日本は現金やクレジットカードのインフラを築いてきましたが、カード網が十分ではなかった国では、QRコード決済やスマートフォン決済が一気に生活の中心となっています。

ハイパーループもまた、その延長線上にある発想だったのかもしれません。既存のインフラが充実している国は、その資産を生かしながら少しずつ進化していきます。一方で、後発の国や地域は、既存技術に縛られないからこそ、その先の未来へ一足飛びに挑戦することができます。10年後の今、ハイパーループはまだ走っていません。しかし、「未来は必ずしも順番にやって来るとは限らない」という考え方は、これからもさまざまな技術革新の中で繰り返されていくのかもしれません。