「市民みんなが記者 オーマイニュース日本版が創刊」「鳥越俊太郎氏編集長、市民参加型ネット新聞が開設」

2006年8月28日の報道概要

 市民参加型ニュースサイト「オーマイニュース」日本版が28日、開設された。一般の利用者が「市民記者」として実名で記事を投稿し、編集部が事実確認や校正をした上で掲載する仕組みで、既存の新聞やテレビとは異なる新しいニュースメディアを目指す。

 韓国で2000年に始まった「OhmyNews」の日本版で、運営会社にはソフトバンクが出資し、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が編集長に就任した。韓国版では約4万人の市民記者が登録しており、日本版も年内に5000人、2年以内に4万人の登録を目指している。

 創刊時点で市民記者には1000人を超える応募があり、記事には最高2000円の原稿料を支払う仕組みも設けられた。「市民みんなが記者」を掲げる新しいメディアが、日本の報道のあり方にどこまで影響を与えるか注目される。

2006年8月当時の背景

 2006年当時、インターネットはニュースを「読む場所」から「発信する場所」へ変わり始めていました。ブログや掲示板が広がり、個人が新聞やテレビを介さずに情報を発信できるようになっていました。一方で、個人発信には事実確認や信頼性の問題もあり、新聞社など既存メディアには専門的な取材力がある一方、読者が情報を発信する余地は限られていました。

 オーマイニュースは、その間を埋めようとする試みでした。市民が記事を書き、編集部が確認することで、ネットの参加性と新聞の信頼性を両立させようとしました。韓国版は約4万人の市民記者を抱え、1日150~200本の記事が投稿され、その約7割が掲載されていると説明されていました。

 鳥越氏は、匿名で発言するだけではなく、実名で本音を語る文化を日本に根付かせたいと意気込んでいました。ネットが「誰でも発信できる場所」へ変わりつつある中、市民自身が報道を担うという発想は、大きな期待を集めていました。

2026年現在の状況

 オーマイニュース日本版は、その後わずか2年半余りで姿を消しました。2008年9月には「Oh! MyLife」へ名称を変更し、政治、社会、経済などのニュースを扱うサイトから、商品やサービスの体験レポート、生活情報を中心とするサイトへ大きく方向転換しました。

 背景には広告収入の低迷がありました。市民記者を増やしてアクセスを集め、広告収入につなげるという当初のビジネスモデルは十分に機能せず、2008年には経営体制の見直しも進められました。2009年3月、運営会社は世界的な経済状況の悪化などを理由に閉鎖を発表し、4月24日に「Oh! MyLife」と「OhmyNews」を完全閉鎖しました。

 一方、「市民が情報を発信する」という発想そのものが消えたわけではありません。その後、ブログ、SNS、動画投稿サイトなどが広がり、スマートフォンの普及によって一般の人が現場から情報を発信することは、むしろ日常的になりました。オーマイニュースが目指した仕組みは定着しませんでしたが、その一部は別の形で社会に広がったともいえます。

オーマイニュースとSNSの違いは何なのか

オーマイニュースが目指した「市民がニュースを作る」という発想は、その後、SNSや動画配信などによって当たり前のものになりました。そう考えると、オーマイニュースは少し時代が早すぎたのでしょうか。

では、もし今、オーマイニュースを立ち上げたらどうなるでしょう。「市民記者」という言葉を聞いたとき、多くの人は少し堅苦しさを感じるかもしれません。気負わず、好きなことを自由に発言できるSNSに慣れた人からすれば、「記者」と名乗って記事を書くこと自体が、少し構えた行為に見えるでしょう。

さらに、どの記事を掲載するのかを編集者が決める仕組みにも、今の感覚ではなじみにくさがあります。自分が面白いと思ったことを発信し、それを誰かが見つけて広げていく。今のネットでは、そんな流れが当たり前になっています。そう考えると、オーマイニュースは、単に時代が早すぎたというより、仕組みそのものが今の世間の感覚とは少し違っていたのかもしれません。

余談ですが、オーマイニュースの編集長を務めた鳥越俊太郎氏は、その後、時折ネット上で物議をかもす「ユーキャン新語・流行語大賞」の選考にも携わることになります。もしかして、ニュースも流行語大賞も、誰かの主観で「作られる」と、世間は違和感を持つものなのかもしれません。

10年後の未来

そもそも「ニュース」とは、誰にとってのニュースなのでしょう。例えば「ゲーム機を買えた」という何気ない投稿も、同じ商品を探している人には重要な情報です。「電車が止まっている」という一言も、その路線を利用する人にとっては、新聞のトップ記事より価値があるかもしれません。

新聞やテレビは、編集者が「社会にとって重要だ」と選んだ情報をニュースとして届けてきました。SNSを情報源にする人が増えたのは、マスメディアへの反発だけではなく、「自分にとって重要なニュースは、自分で選びたい」という自然な流れだったのかもしれません。

ところが今度は、その「自分用の新聞」をアルゴリズムが作るようになりました。編集者が選ぶニュースから、自分で選ぶニュースへ。そしてさらにアルゴリズムが選んだニュースへ。

もちろん、世の中で発信される情報すべてに目を通すことはできません。どこかで情報を絞り込む必要があります。それが新聞社の編集者なのか、自分自身なのか、それともアルゴリズムなのか。オーマイニュースから20年。ニュースをめぐる環境は変わりましたが、情報を選ぶという行為そのものは、これからもなくならないのでしょう。