「縄文人の核DNA初解読 東アジア人と大きく特徴異なる」「約3000年前の縄文人、核ゲノムを解析 日本人のルーツ解明へ手がかり」
2016年09月01日の報道概要
総合研究大学院大学や国立科学博物館などの研究チームは1日、福島県北部の三貫地貝塚から出土した約3000年前の縄文人2人の歯から、細胞核に含まれるDNAの一部を解読したと発表した。縄文人の核DNAが解読されるのは初めて。
研究では、約30億個あるDNAの塩基のうち約1億1500万個を解読。現代人のDNAと比較したところ、縄文人は中国人やベトナム人など東アジアの集団とは異なる遺伝的特徴を持つことが分かった。
研究チームは、縄文人につながる集団が東ユーラシアで早い時期に現れ、その後、長い期間にわたって他の集団とは異なる遺伝的特徴を保ってきた可能性を示した。今回の成果は、縄文人のルーツや日本列島の人々の成り立ちを考える上で、新たな手がかりになると期待された。
2016年09月当時の背景
2016年当時、日本人のルーツをめぐっては、縄文人と大陸から渡来した人々との関係をどう考えるかが大きな研究テーマになっていました。これまでにも、古人骨の形やミトコンドリアDNAなどを使った研究が進められていましたが、細胞核にあるDNAはより多くの遺伝情報を含むため、核DNAの解析は縄文人の集団史を調べるうえで重要な一歩でした。
今回の研究では、約3000年前の人骨からDNAを取り出し、その一部を解読しました。当時としては、古代人の核DNAを直接調べることで、従来の研究では分からなかった縄文人の位置づけに迫れることが注目されました。
ただし、調べられたのはわずか2人の縄文人です。日本列島には地域や時代によって異なる集団が暮らしていた可能性があり、この結果だけで「縄文人とはこういう人々だった」と決められるわけではありませんでした。
2026年現在の状況
この10年間で古代DNAの解析は大きく進み、縄文人だけでなく、弥生時代人や古墳時代人のゲノムも調べられるようになりました。2024年には、日本人の成り立ちを縄文系、北東アジア系、東アジア系という三つの祖先集団の影響から捉える見方を支持する成果も示されています。
同じ2024年には、弥生時代の人骨の全ゲノム解析から、朝鮮半島から来た渡来人が縄文人と混血し、現代日本人につながる祖先集団が形成されたことを示す研究も発表されました。これにより、縄文人のDNAを単独で見るだけでなく、その後に列島へ渡来した人々との関係を含めて、日本人の形成過程を捉えられるようになっています。
さらに2026年には、約8000年前の縄文人について高精度な全ゲノム配列を構築する研究も発表されました。2016年には「縄文人のDNAを初めて読む」こと自体が大きなニュースでしたが、現在は複数の時代・地域の古代人を比較し、日本列島の人口の変化そのものを追う段階へ進んでいます。
なぜ人類はアフリカ固有の哺乳類で終わらなかったのか、という疑問
縄文人がどこから、どのルートを通って日本列島へたどり着いたのか。そこは専門家による研究に委ねるとして、素人目線で気になるのは、その前段にある疑問です。
数万年前の人類は、現在とは比べものにならないほど人口が少なかったとされます。それなら、パンダが四川省の生態系の一部として暮らしているように、人類もまた、生態系に組み込まれ、アフリカ固有の哺乳類になっていたとしてもおかしくありません。では、なぜ人類の生息域はそこからさらに広がっていったのでしょう。
もちろん、人口が増えれば食料や生活圏をめぐる競争が生まれ、新しい土地へ移動することもあるでしょう。しかし、それだけで数万年をかけて、人類がアフリカから日本列島までやってきた、という話には少し飛躍があるような気もします。
もし数万年前に「YOUは何しに日本へ?」という番組があったなら、いったいどんな答えが返ってきたのでしょう。黄金の国ジパングや、漫画やアニメを求めてやってきた人類はいなかったはずです。大陸から日本列島へ渡った人類を動かしたモチベーションは、いったい何だったのでしょうか。
10年後の未来
縄文人が大陸から日本列島へ渡ったことを知ると、「なぜわざわざこんなとこまで?」と、つい思ってしまいます。しかし、当時の人々にとっては、日本列島を目指したというより、その時々の事情の中で移動した結果だったと考えるのが自然です。
ところで、数百年後の人類は、月や火星など地球以外の場所で暮らすようになっているかもしれませんが、そのとき未来の人類は、21世紀の私たちを見て、同様に不思議に思うのでしょうか。「なぜ、当時の人類はわざわざ地球の外へ行こうとしたのだろう」と。
「人口が増えすぎて地球を追い出されたんだろうな」と、ありがちな結論を下しているかもしれませんし、「21世紀の人々が始めた、よく分からない挑戦の積み重ね」と思っているかもしれません。そして、その頃もきっとパンダは四川省で笹を食べていることでしょう。
