「ブラッター前FIFA会長、6年間の活動禁止処分をCASに提訴」「ブラッター氏、処分撤回求め最後の訴え CASで審理」
2016年08月26日の報道概要
国際サッカー連盟(FIFA)の前会長、ジョセフ・ゼップ・ブラッター氏は25日、スイス・ローザンヌのスポーツ仲裁裁判所(CAS)で、自身に科された6年間のサッカー活動禁止処分を不服とし、処分取り消しを求めた。
ブラッター氏は2015年12月、FIFA倫理委員会から8年間の活動禁止処分を受けたが上訴委員会はその後、処分期間を6年間に減軽していた。
問題となっているのは、2011年にFIFAから当時の欧州サッカー連盟(UEFA)会長だったミシェル・プラティニ氏に支払われた200万スイスフラン。ブラッター氏は、プラティニ氏がFIFAで過去に行った仕事に対する未払い報酬だったと主張している。
25日の審理を終えたブラッター氏は、CASが下す判断を受け入れる考えを示した。17年間にわたりFIFA会長を務めたブラッター氏の活動禁止処分をめぐる争いは、CASの判断に委ねられることとなった。
2016年08月当時の背景
ブラッター氏は1998年からFIFA会長を務め、17年間にわたり世界のサッカー界を率いてきました。しかし2015年にはFIFA幹部らをめぐる汚職事件が相次いで表面化し、組織そのものへの批判が強まった結果、5期目の会長に再選された直後に辞任を表明しました。
同年にはブラッター氏とプラティニ氏の間で行われた200万スイスフランの支払いが問題となり、FIFA倫理委員会は両者に8年間の活動禁止処分を決定。2016年2月には上訴委員会が処分を6年間に減らしました。
一方、プラティニ氏はCASへの訴えによって処分が4年間に短縮されており、ブラッター氏にとっても今回の審理は処分撤回を求める重要な場となっていました。長期政権を築いたFIFAの元トップが、失った地位を取り戻せるのかが注目されていました。
2026年現在の状況
ブラッター氏のCASへの訴えは2016年12月に退けられ、6年間の活動禁止処分が維持されました。その後、ブラッター氏をめぐる刑事事件では、2011年にプラティニ氏へ支払った200万スイスフランが問題となりましたが、2022年にスイスの裁判所が両氏に無罪判決を言い渡し、2025年には控訴審でも無罪が維持されました。ブラッター氏はFIFA会長の座に戻ることなく、現在はサッカー界の一線から退いています。
しかし、ブラッター氏が去ったことでFIFAの不透明な組織運営が終わったわけではありません。2016年に会長となったジャンニ・インファンティーノ氏の下でも、FIFAの権限や資金をめぐる問題は繰り返されています。2026年には、ワールドカップの商業的権益に民間投資家を参加させる巨額の構想が明らかになり、各国サッカー協会から「意思決定の透明性が欠けている」と強い反発を招きました。構想は撤回されたものの、UEFAなどはインファンティーノ氏の指導力への信頼を失ったと表明し、FIFA内部からも幹部が反発しています。
2016年のニュースでは、問題は「ブラッターという会長」に集約されているように見えました。しかし10年後に振り返ると、会長が交代しても、巨大な資金と権限を一つの組織が握る構造そのものが変わったとは言い切れません。ブラッター氏からインファンティーノ氏へ。人物は変わっても、FIFAのガバナンスをめぐる疑問は今なお続いています。
「1票ずつ」が生む独裁
FIFAには「1協会1票」という、一見すると非常に民主的な仕組みがあります。サッカー大国も小国も同じ1票を持ち、特定の国だけがFIFAを支配できないようになっています。
ところが、この仕組みは意図せず強い権力を生むことがあります。FIFAそのものが巨大な資金と権限を持つため、会長に選ばれた人物にも大きな力が集まり、各協会がその恩恵を受けるようになると、今度は現体制を支持する理由が生まれます。結果として、「1人1票」という民主的な仕組みが、権力者を長く支える仕組みに変わることがあります。
これはFIFAに限った話ではありません。民主的な選挙や議会が存在していても、権力を握った側が制度や資金、人事を利用して支持を維持すれば、次第に権力が集中していくことがあります。重要なのは「選挙があるか」だけではなく、「選ばれた後の権力を誰が監視できるか」です。「1協会1票」という仕組みがあっても、それだけで権力の集中を防げるわけではありません。
10年後の未来
最初は、選手たちを支える、ただの裏方の仕事だったのかもしれません。「大会の運営はあなたに任せる」。それがうまくいけば、「次もあなたに任せよう」になる。やがて「俺に任せてくれ」に変わり、いつの間にか「俺がやる」に変わっていく。任せる側も、任せておけば楽なので、いちいち口を出さなくなる。
そうしているうちに、任されていた人の手元に、お金も情報も決定権も集まっていく。そして気づいたときには、「今さら誰に任せればいいのか分からない」という状態になっている。
FIFAのこの構造は、案外どこにでもありそうです。最初は「あなたに任せる」だったはずなのに、いつの間にか「俺に任せろ」になり、最後には「俺が決める」になる。もしかすると、独裁は突然始まるのではなく、民主的な「任せる」の積み重ねなのかもしれません。
