「上場企業に女性管理職の数値目標策定を要請へ 政府方針」「進まぬ女性活用、数値目標で打開なるか 企業に問われる本気度」
2016年7月9日の報道概要
政府は9日、女性の活躍推進を加速させるため、上場企業に対し、女性管理職の登用に関する数値目標の策定を強く促す方針を固めた。少子高齢化に伴う労働力人口の減少が課題となる中、企業の人材活用を見直し、多様な人材が能力を発揮できる環境づくりを後押しする狙いがある。
政府は「指導的地位に占める女性の割合を2020年までに30%程度」とする目標を掲げているが、女性管理職の比率は依然として低水準にとどまっている。このため、企業に対しては管理職登用に関する具体的な数値目標の設定や公表を求め、取り組み状況を検証していく考えだ。
女性の登用拡大は、人材確保に加え、企業の競争力向上にもつながるとの期待がある一方、長時間労働や固定的な役割分担意識など、職場に根付く慣行の見直しも課題となりそうだ。
2016年7月当時の背景
当時、日本企業では女性の管理職比率の低さが大きな課題となっており、政府は2016年4月に女性活躍推進法を施行し、301人以上の従業員を抱える企業に対して、女性登用に関する行動計画の策定・公表を義務付けました。
しかし、厚生労働省の調査では、2015年度時点の女性管理職比率は1割前後にとどまり、政府が掲げる「2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%程度とする」という目標とは大きな隔たりがありました。
その背景には、長時間労働を前提とした働き方や、転勤を伴う総合職中心の人事制度、育児や介護との両立支援の遅れなど、企業文化そのものの構造的な課題がありました。
2026年現在の状況
2026年現在、女性管理職の登用は着実に進んでいるものの、政府が2016年当時に掲げた目標にはなお届いていません。女性活躍推進法は対象企業の拡大や情報公表の強化など段階的に見直され、企業には女性管理職比率や男女の賃金差などを開示する取り組みが求められるようになりました。
また、東京証券取引所は企業統治の観点から、女性を含む多様な人材の役員登用を重視する姿勢を打ち出しており、企業の対応も広がっています。一方で、管理職候補となる女性人材の育成や、長時間労働を前提とした働き方の見直し、育児・介護との両立支援などは依然として課題です。女性管理職比率は上昇傾向にあるものの、欧米諸国と比べると依然として低い水準にあるのが現状です。
男女比1:1でなければ差別なのか?
ところで、女性管理職の比率を欧米諸国と比較することは、本当に適切な指標なのでしょうか。働き方や価値観、雇用慣行が異なる中で、単純な国際比較には限界がありますし、そもそも日本で管理職を希望する女性がどの程度いるのかという前提も考える必要があります。
仮に、管理職を希望する女性の割合に比べ、実際に登用される女性の割合が著しく低いのであれば、制度や運用の中に何らかの男女差別が存在する可能性があります。その場合は、当然ながら是正が必要です。
そしてもう一つの疑問として、なぜ管理職や国会議員といった一部の分野ばかり男女比が問題視されるのでしょうか。例えば、自衛隊の隊員に男性が多いことを理由に、「男女半々を目指すべきだ」という議論はあまり聞かれません。制度的・慣習的な差別をなくすことと、結果として男女比を同じにすることは、本来別の問題です。
重要なのは、男女の割合をそろえることではなく、性別に関係なく、能力と意欲のある人が公平に挑戦できる機会を確保することではないでしょうか。自由な選択の結果として男女差が生まれるのであれば、それは一人ひとりの意思が尊重された結果とも考えられます。
10年後の未来
このニュースでは、二つの異なる問題が混同されています。
① 「女性だからという理由で管理職になれないこと」が問題なのか
それとも、
② 「女性管理職が少ないこと」が問題なのか
この二つは似ているようで、意味はまったく異なります。
①は、能力や意欲があるにもかかわらず、性別だけを理由に女性が昇進できないということであり、制度や運用に問題があります。これは公平性の観点からも、改善すべき明らかな課題ですが、一方②は「女性管理職が少ない」ことでどのような問題が発生するのかという、最も重要な説明が欠けています。
もし、女性の活躍が広がった結果として、自発的に目標が達成されるのであれば、それは望ましいことですが、いずれにせよ、政府が掲げた「指導的地位に占める女性の割合30%程度」という目標の根拠は、一体何なのか気になるところではあります。
しかし逆に、目標達成そのものが目的となり、政府や企業の都合で、本来は管理職を望まない女性まで登用されるようなことがあれば、それは「女性の活躍」ではなく、「女性管理職」の押し付けになるかもしれません。目指すべきは、男女比という数字ではなく、一人ひとりが望む生き方や働き方を自由に選ぶ権利を持つ社会ではないでしょうか。
