「EU離脱受け 東京の国際金融拠点化に期待高まる」「英国のEU離脱で欧州金融センターは凋落か 東京に商機」

2016年7月15日の報道概要

 英国の欧州連合(EU)離脱決定を受け、長年、欧州有数の国際金融センターとして発展してきたロンドンの地位に変化が生じるのではないかとの見方が広がっている。金融機関の一部では、拠点機能の見直しを視野に入れる動きもみられ、世界の資金や人材の流れが変化する可能性に注目が集まっている。

 こうした中、日本では東京をアジアの国際金融拠点として一層強化する好機と捉える声が高まっている。政府や金融界では、海外金融機関や高度な金融人材の誘致に向け、税制の見直しや規制緩和、行政手続きの改善、英語によるビジネス環境の整備などについて議論が進められている。

 世界有数の経済規模と安定した市場を持つ東京が、ロンドンに代わる国際金融センターとして存在感を高められるか。英国のEU離脱という歴史的な転換点を前に、日本が新たな役割を担えるかどうかが注目されている。

2016年7月当時の背景

2016年6月の英国国民投票でEU離脱(Brexit)が決定すると、欧州金融市場には大きな衝撃が走りました。当時、ロンドンは世界有数の国際金融センターであり、多くの銀行や証券会社はEU加盟国で取得した認可を使い、域内各国で金融サービスを提供する「パスポート制度」を活用していました。

しかし、EU離脱によってこの制度が利用できなくなる可能性が浮上し、金融機関の間では拠点機能の移転を検討する動きが広がりました。フランクフルトやパリ、ダブリン、アムステルダムなどが誘致を進める中、日本政府もこれを東京の国際金融センター化を進める好機と位置づけます。税制や規制の見直し、英語による行政サービスの充実などが議論され、ロンドンから流動化する資金や高度な金融人材を東京へ呼び込もうとする期待が高まっていました。

2026年現在の状況

2026年現在、Brexit後の金融機能はロンドンから一極集中で移転するのではなく、欧州各都市へ分散する形で再編が進みました。投資銀行や資産運用会社の一部はフランクフルトやパリ、ダブリン、アムステルダムなどへ拠点機能を移し、EU域内向け業務を継続しています。一方で、ロンドンは外国為替取引や国際金融、人材の集積といった強みを維持し、世界有数の金融センターとしての地位を保ち続けています。

東京でも国際金融都市を目指す取り組みは続いており、海外金融機関の誘致や英語対応の行政手続き、スタートアップ支援などが進められています。しかし、シンガポールや香港との競争は依然として厳しく、Brexitを契機に東京がロンドンに代わる世界最大級の金融センターとなるには至りませんでした。結果として、世界の金融は一つの都市に集中するのではなく、複数の都市がそれぞれの強みを生かす「多極化」の時代へと移りつつあります。

東京はなぜ国際金融ハブになれなかったのか

2016年、英国のEU離脱が決まると、「ロンドンに代わって東京が国際金融ハブになれるのではないか」という期待が広がりました。世界有数の金融都市が揺らげば、そこに集まっていた企業や人材、資金が別の都市へ移ると考えられたからです。

しかし現実は違いました。ロンドンの一部機能はパリやフランクフルト、ダブリンなどへ分散し、ロンドン自身も世界有数の金融都市としての地位を維持しました。金融機関は「ロンドンの代わり」を探したのではなく、業務ごとに最も適した都市を選んだのです。

東京には経済規模や治安といった強みがありましたが、税制や規制、英語によるビジネス環境、海外人材の受け入れなど、世界中から「ここを経由したい」と思われる条件を十分には備えきれませんでした。

フィッシュアンドチップスが売れなくなったからといって、寿司屋の行列が伸びるとは限りません。誰かの魅力が下がることと、自分の魅力が上がることは別の話です。金融ハブも同じでした。世界から選ばれる都市になるには、ライバルの失速を待つのではなく、自ら選ばれる理由を磨き続ける必要があったのです。

10年後の未来

2016年、英国のEU離脱は、東京が国際金融ハブへ飛躍する好機だと期待されました。

それはまるで、部活動でレギュラー選手がけがをしたとき、「もしかしたら次は自分が試合に出られるかもしれない」と期待する感覚に少し似ています。誰かが席を空ければ、その席は自分のものになる。そんな期待を抱くのは、ごく自然なことです。

しかし実際には、その席を見ていたのは自分だけではありませんでした。パリやフランクフルト、ダブリン、シンガポールなど、世界中の都市がそれぞれ準備を進めていました。そして監督である世界の市場は、最も適した都市を選び続けたのです。「次は自分の番だ」と思っていたのは、東京選手だけだったのかもしれません。