「Google、組み立て式スマホ『Project Ara』を中止」「部品を交換できるスマホ構想、実用化前に幕」

2016年9月3日の報道概要

 米Googleが、部品を自由に交換できる組み立て式スマートフォン「Project Ara」の開発を中止した。Reutersが9月1日に報じ、Google側も2日に計画を停止したことを認めた。2013年に発表された構想で、利用者がカメラや電池、スピーカーなどの部品を交換・追加できるスマートフォンの実現を目指していた。

 Googleは2016年5月、秋にも開発者向け端末を出荷し、2017年の一般販売を目指すとしていた。しかし、計画は度重なる延期に見舞われ、今回、Googleのハードウエア事業の見直しなどを背景に、中止されることになった。

 Araは、スマートフォンの部品を交換することで、故障した部分だけを取り替えたり、新しい機能を追加したりできる点が特徴だった。スマートフォンを丸ごと買い替える必要を減らし、端末を長く使えるようにする構想として注目を集めていた。

2016年9月当時の背景

 2010年代半ばのスマートフォン市場では、端末の高性能化が進む一方、数年ごとに本体を買い替えることが当たり前になっていました。そこで注目されたのが、必要な部分だけを交換して一台のスマートフォンを長く使う「組み立て式」という考え方です。

 Project Araは2013年に発表され、Google傘下となっていたMotorolaの先進技術部門から生まれました。画面、電池、カメラなどを部品として組み合わせ、利用者が自分好みの端末を組み立てるという発想は、完成した端末を購入する従来のスマートフォンとは大きく異なるものでした。

 一方、実用化への道のりは平坦ではありませんでした。2015年に予定されていた試験販売は実現せず、2016年5月には一般向け発売を2017年に延期。さらに2016年には、当初想定していたほど内部の部品を自由に交換できない設計へ変更されていました。

2026年現在の状況

 Project Araはその後、実際の商品として発売されることなく開発が終了しました。Googleが目指したような、スマートフォンの主要な部品をユーザーが自由に交換し、性能をアップグレードしていく仕組みは、現在のスマートフォン市場ではほとんど定着していません。

 Araと同じ2016年には、MotorolaもMoto Zシリーズと、背面に磁石で取り付ける「Moto Mods」を投入しました。スピーカーやプロジェクター、バッテリーなどを追加できる仕組みでしたが、Moto Zシリーズは2019年のMoto Z4を最後に新機種が登場せず、モジュール式スマートフォンの主流にはなりませんでした。

 一方で、現在もモジュール式の考え方を続けている特殊な例がFairphoneです。2026年のFairphone Gen. 6は、電池や画面、カメラ、USB端子など12の部品を交換でき、2033年までソフトウェアのサポートを予定しています。とはいえ、それ以外では、スマートフォンの性能を部品ごとに交換してアップグレードするという発想は、ほとんど姿を消しました。

修理する?買い替える?

 Project Araの発想は、長く使うことを前提とした家電に近かったのかもしれません。テレビや冷蔵庫などが2、3年で故障したら、「まだ2、3年しか使っていない。修理してもう少し使おう」と考えるのが普通です。

 一方、スマートフォンの場合、当時から商品サイクルは家電より圧倒的に短く、2、3年も使えば「そろそろ買い替え時かな」と考える人が少なくありませんでした。バッテリーが弱くなった、カメラに不満があるとなった場合、「そこだけ交換して使い続ける」より、新しい機種に買い替えるほうが自然だったわけです。

 Araは、そんなスマートフォンを「部品を交換しながら長く使う商品」に変えようとしました。発想としては非常に合理的です。ただ、消費者の側は、「スマホの部品を交換してでも使い続けたい」とはあまり思っていなかった。技術的な困難とは別に、需要が見込めなかったことも、断念の理由だったのかもしれません。

10年後の未来

 Project Araを振り返ると、未来を予測することの難しさを感じます。当時のGoogleは、スマートフォンの部品を交換する未来をかなり真面目に考えていました。ほかにも、SamsungやドコモなどがAndroidやiPhoneに対抗する「第3のスマホOS」として開発したTizenや、家庭のコンセントを通信回線として使うPLCなど、今ではあまり聞かなくなった「未来の技術」がありました。Windows 8のタッチ操作を重視したUIも、その一つです。

 どれも、当時の技術や市場を考えれば「こうなるかもしれない」と考える理由はありました。ところが10年後から振り返ると、「なぜこれが未来だと思ったんだろう?」となる。けれど、それは当時の人たちの考えがずれていたからではなく、現在見えている問題が、別な方法で解決されたということかもしれません。

 そして、今後はどうでしょうか?もしかすると今、「これがこれからの未来になる」と思われているものの中にも、10年後には「そういえば、なんでこれが未来だと思っていたんだろう」と振り返っているものがあるかもしれません。